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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)3331号 判決

原告 協栄会

被告 市古安平

主文

一、被告は原告代表者亀井孝志に対し、東京都葛飾区本田渋江町八一番の一宅地一二〇坪三合五勺につき所有権移転登記手続をせよ。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、申立

(原告の申立)

主文第一、第二項と同旨の判決を求める。

(被告の申立)

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二、主張および答弁

(請求の原因)

一、原告は、主文掲記の土地(以下本件土地という)ならびにこれと隣接する葛飾区本田木根川町三六五番地の土地(以下本件隣接地という)に店舗を有する商人を会員とし、会員相互の親睦と生活の向上発展を図ることを目的として、昭和二一年頃結成された法人格なき社団であり、その代表者は現在会長亀井孝志である。

二、本件土地は、原告が睦会と称していた昭和二三年九月七日、会員の協議により、一人当り二、〇〇〇円ないし三、〇〇〇円宛拠出して、訴外渡辺きせより買い受けたのであるが、被告は当時会長であつたため、睦会を代表してその交渉をなし、同年九月一五日東京法務局葛飾出張所受付第六〇三二号をもつて、被告名義で本件土地の所有権移転登記手続をした。

三、被告は、昭和三三年八月会長の地位を辞任したから、本件土地につき、登記名義を保有すべき理由がなくなつた。

四、よつて原告は本訴において被告に対し、原告代表者亀井孝志に本件土地の所有権の移転登記手続を求める。

(答弁)

一、原告主張事実のうち、原告が、その主張の土地の上に店舗をもつた会員によつて構成される団体であり、その主張のような目的を有すること、その代表者が原告主張のとおりであることは認めるが、原告は当事者能力をもたない。

二、本件土地が、もと訴外渡辺きせの所有であつたこと、本件土地につき被告名義で原告主張の登記がなされていること、原告の名称がもと睦会といい、被告がその会長であつて、昭和三三年八月頃その地位を辞任したことは認めるが、その余の事実は否認する。

三、睦会が発足したのは昭和二四年ごろであつて、被告はそれ以前の昭和二三年九月七日単独で本件土地を訴外渡辺きせから買い受けた。

第三、証拠関係

(原告の証拠等)

甲第一ないし第一一号証、第一二号証の一、二、第一三ないし第一五号証、および第一六号証の一ないし三を提出。

証人花島正治、同羽石陽一郎、同原健一、および同塚越幸之助の各証言ならびに原告代表者亀井孝志の尋問の結果を援用。

(被告の証拠等)

証人伊藤政治郎および同木村基之助の各証言ならびに被告本人尋問の結果を援用。

甲第一、第二、第一五号証および第一六号証の一ないし三の各成立を認め、その余の甲号各証の成立はいずれも不知。

理由

一、原告がその主張の土地に店舖をもつ商人を会員とし、その会員相互の親睦と生活の向上発展をはかることを目的とする団体であること、その代表者が会長亀井孝志であることは、いずれも当事者間に争いなく、成立に争いのない甲第二号証の記載、証人羽石陽一郎、同花島正治、同原健一および同塚越幸之助の証言、原告代表者亀井孝志の尋問の結果を総合すると、原告はその運営および組織を律するための規約を有し、右の目的達成のため会員より会費を徴し、会員の選挙によつて会長等の役員を選出して、財産の管理保存その他の事務処理に当らせ、団体の統制をはかるため会員の懲罰をも定めていること、およびその会員の脱退加入によつてその同一性を失わないものであることが認められる。したがつて原告は民事訴訟法第四六条によつて訴訟上の当事者能力を有するものいうべきである。

二、次に本件土地がもと訴外渡辺きせの所有であつたこと、原告の名称がもと睦会と呼ばれ、被告が昭和三三年八月までその会長であつたこと、および本件土地につき、原告主張のとおり、被告名義の登記がなされていることは当事者間に争いがなく、これらの事実と、成立に争いのない甲第一五号証および第一六号証の一、二の記載、証人羽石陽一郎、同花島正治、同塚越幸之助および同木村基之助の各証言、原告代表者亀井孝志および被告本人の各供述(ただし証人羽石陽一郎および木村基之助の証言ならびに被告本人の供述のうち後記措信しない部分を除く)、ならびに弁論の全趣旨を総合すると次のとおり認められる。

大東亜戦争の終了した直後頃、本件土地および本件隣接地には、四〇名に近い人が思い思いの品物を売る店を作つたが、それは次第に整備されて、通称四ツ木マーケツトと呼称されるようになつた。被告もここに店を出したが、被告は当時この土地の顔役と関係があつたため、訴外羽石陽一郎および同花島正治らとともにこのマーケツトの代表者になり、その頃これらの土地の権利者と称する人と交渉に当つたり、みんなから集めた地代を、それに払つたりしていた。ところが昭和二一年になつて、本件土地の管理人から被告らに対し、本件土地を買うか、全部を明渡すかしてくれという申入があり、被告は、前記羽石陽一郎、花島正治らに相談のうえ、管理人と交渉したが、結局土地を買わなければ商売が出来なくなるということが明らかになつた。そこで被告らは、本件土地をみんなで金を出し合つて買うことを決め、本件隣接地に店舖をもつている者も、一戸当り二、〇〇〇円ないし三、〇〇〇円づつ出資することを決めるとともにその頃四ツ木マーケツトに店舖をもつ者を会員とする睦会を結成し、被告はみずから会長となつた。こうして被告は、会員からその買取交渉の一切を任かされ、昭和二二年五、六月頃豊橋市の渡辺きせ方を訪ねて、一坪三〇〇円位の割合で本件土地を買うことを決め、その頃会員から二、〇〇〇円ないし三、〇〇〇円を徴収し、これを買受代金として支払つた。その後、睦会を脱退して本件土地から立ち退くものは、それに代つて入つてくるものから、土地および、建物の代金と称して金員を受けとつているがここにいう土地の代金は、会員であつた者が、自己の投下資本を回収し、新たに会員たろうとする者が、自己の建物を所有するため支払うものでありながら、その際、本地の範囲を明確にするわけではなく、その価格も建物と区別して決められるわけでもない。一方被告は会長を辞任する昭和三三年八月頃まで、本件土地が自己の所有であるといつたことはなく、みずから単にその管理人と称しており(甲第一六号証の二に市古雄彦とあるのは、甲第一五号証の記載に照らし、被告の表示と認める)、その個人の資格で会員との間に、本件土地の使用に関しては特段の約束をし、または会員から地代を徴収したことはなく、会員として毎月集金するものは、本件隣接地の地代、本件土地の公租公課等に充てていた。

かように認められ、証人羽石陽一郎、同伊藤政治郎および木村基之助の証言ならびに被告本人の供述のうち右と牴触する部分は措信しない。

右に認定した事実に照らすと、本件土地は被告個人がこれを買い受けたものではなく、被告が、原告(当時の睦会)の財産として、取得したものと認めるべきである。

三、以上みてきたとおりであるから、本件土地所有権に関する登記は被告に存するいわれがなく、その実体関係と符合させる必要があるが、原告のような権利能力のない社団がその名で取得した財産は、社員の総有に属し、代表者が信託的にその所有権の主体となるものと解すべきであるから、被告から本件土地所有権の移転登記を受けうるものは、原告の代表者でなければならない。そして権利の実体とその公示とは、できるかぎり一致させることが必要であるから、登記権利者の氏名と住所の記載のみを要求する不動産登記法の建前からは、多少疑問の余地はあるとしても、本件土地の所有権は、亀井孝志の個人の財産と区別する意味において、原告代表者亀井孝志と表示されることが望ましい。例えば、権利能力なき社団を被告として勝訴判決を得たものは、その判決を債務名義として、その社団の財産に対して強制執行をすることができると解すべきであるが、その財産(ここでは不動産)が代表者個人の財産と区別がつかないのでは、債権者は著しい不利益を蒙るであろうからである。法律上権利能力なき社団を認める以上は、これと取引に立つ第三者を保護しなければならない。

かようにして、本件土地の所有権移転登記が、原告代表者亀井孝志に対してなされることは相当であり、原告が被告に対して、その登記手続を求める本訴請求は正当として認容すべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 飯原一乗)

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